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《vol.87》 ラッピング講座:中身を見せたい時に。OPP袋を使ったラッピング |


2月の初旬に、仕事で淡路島に行ってまいりました。淡路は穏やかな海とのんびりした山河に囲まれて、昔の日本の素朴さが風景に、そして人にもまだ残っている、どこか懐かしい感じのする土地でした。島は向こう岸の神戸とは橋で繋がっていて高速バスが陸続きのような気安さで頻繁に行き来しています。仕事が終わり、神戸行きの帰りのバスを待合室で待っている時でした。時間をもてあまして、何気なくそこらにたくさん張ってある観光地のポスターをながめていると、ふと目に入ったのが、桜並木の写真でした。その下のほうには日高という地名が書いてあり、「北海道・・の?淡路島で?」と見直すと間違いなく北海道の日高でした。突然「これがあの日高の桜なの・・・・!」と、思わず身を乗り出してしまいました。初めて目にした日高の桜と、遠い日のほろにがい思い出が今一筋の糸で結び合わされ、私とその人の姿がポスターの桜の向こうに、映画の1シーンのフォーカスが徐々にあってきたように思い出が少しずつ鮮明になってきました。
遠い昔その人は、私の憧れの人でした。ハンサムで優しくて、そして知的。ダンディーで、背が高く、数社の会社の社長をなさっているロマンスグレーの紳士でした。まだ若く未熟な私は、お会いした瞬間に大人の魅力溢れる17歳年上のその人にすっかりのぼせてしまいました。そしてだれかれといわずその人のことをステキ!とふれまわっていたことを思い出すと、そのころの自分の至らなさに今でさえ、何という世間知らず!と我ながら身のすくむ思いでいっぱいです。当然、私の完全な片思いではあったのですが、父の知り合いということもあり、少々のお話しをさせていただく機会は何度かありました。歌舞伎の事、オペラの事、絵画の事、時代の流れの事、話題は多岐にわたり私はその溢れるような豊かな知性と見識に、ただ圧倒されて聞き入るばかりでした。丁度そのころの話では、「今に東西ドイツの壁は崩されますよ。」「ソ連は必ず崩壊の時を迎えますよ。」などと、まさにそれは予言どおり時代が証明して見せました。
桜の季節には少し早い時だったのでしょうか?久し振りにお会いできて、その方のオフィスの赤坂あたりを散歩しながら又たくさんの楽しいお話を伺っている時でした。「家内に北海道の日高にある桜を見に行きたいと毎年言われているのですが、なかなかその満開のときに自分の時間が取れないので、実現しないのですよ。随分立派な桜並木らしいのですが」とおっしゃったのです。それまでは奥様のお話はなさらなかったので、私は驚いたのと同時に、強い好奇心で「奥様はそんなに桜がお好きなんですか?」とお尋ねすると「栄里さんは桜はお好きですか?」とカンタンに質問をかわされてしまいました。それは一緒に行く事を許されている唯一の人への嫉妬そのものの質問だったことに多分気がついていらしたのだと、今ではわかります。その瞬間私は、女としての刃物のような鋭い気持のつらさにくらくらするような妖しい気持が重なり、なおもっと困らせてみたいと思いました。「もし、私がその桜を見たいと、御願いしたら連れて行っていただけますか?」その人は突然の私の変貌に目を大きくして、黙ったまま足を止めて私を見ていましたが、ゆっくりとその目を優しい光に戻しながら「いいですか・・こういう場合は最後に泣くのは女と決まっているんですよ。」と言って、一瞬だけ私の二の腕を強くつかみました。すぐ私は「何と大胆な事を申し上げてしまったのだろう!」という自責の念で先を歩いていく人の後を悄然として足音も無く付いていくと、その人は振り返り、「あなたのようなお嬢さんはそのようなことをおっしゃってはいけませんよ。」とにこりと笑い静かな瞳で私を見つめました。その時、先刻つかまれた私の二の腕はまだ火がついたように熱く、やけどのような感覚がいつまでも残っていたのを、今でもはっきりと思いだすことができます。
その桜は濃い色の華やかな大振りの花を持つ桜で、ポスターには太い幹の堂々とした桜並木の一部が写っていました。「あの時にあれほど連れて行って頂きたいと恋した桜はこの風景なんだ。」と懐かしさと、せつなさにしばらくポスターから目が離せませんでした。今までも、そしてこれからも、その人を超える男の人を見つけることは出来なかったし、多分出来ないだろうと思うと、火のついたようなあの二の腕の熱さは、一瞬だけでもその人の心をぐらりと揺する熱さでもあったに違いない・・・・・と、今初めて全てがわかる大人の私が夜の孤独の底に深く沈んでいました。
五味 栄里 |